（前回まで）「世界をまたにかけて働く」ことを幼少からの夢としていた私は、意と反して損害保険会社に入社。順風満帆な生活も束の間、会社が経営破たん。その後の人生を切り開くため渡米しMBAを取得。メガバンク勤務を経て、新たなキャリア形成のため、渋谷にあるベンチャー企業の門を叩く。それから7年後、「幼少からの夢」を追いかけることを決意。2013年6月、遂に理想とするグローバル企業で働くこととなった。

　転職からちょうど3か月が経過しようとしていた2013年8月下旬のある日。私と、私と同時期に採用された通称“先輩”の2人は、上長であるN部長から会議室に呼ばれた。用件は、この10月1日付で行われる組織人事のことであった。N氏は、「経営企画部の下に2つのグループを新設します。一つは広報とIRを担うコーポレートコミュニケーショングループ。ここは“先輩”にマネージャーとしてリードしてもらいたい。もう一つは経営企画業務の本道を推進する経営企画グループで、こちらは小久保さんに責任者になってもらう予定だ」。入社時には、一応管理職扱いで入社した訳であるが、一つの組織をこんなにも早く任されるとは思っていなかった。でも、そんな喜びも束の間、N氏の口から次に飛び出した言葉で閉口することとなってしまった。

「私自身も10月1日付でタイの子会社へ赴任することになりました。」

　転職の一番の理由は、幼少からの夢である「世界をまたにかけて働くこと」に挑戦したかったからに違いない。しかし、その転職活動のプロセスで出会ったN氏は、経営企画マンとして非常に魅力的で、故に、多くの事をこの方から学びたい、という期待を持つに至った。それが、この会社に今後の人生をかけてみようと思うに至った大きな理由の一つでもあった。その期待がこんなにも早く打ち砕かれてしまうとは。つくづく自分の運の悪さを呪った。

　今まで寄稿してきたように、前職ではIPO（上場企業になること）が叶わなかったので、上場企業での経営企画の責任者実務を経験していない。それをN氏と共に実践していくのが私の当初の計画だったが、そうも言ってられない状況となってしまう。この日以降、今まで以上にN氏に師事するのだが、“時”は誰に対しても平等に与えられており、遅からず別れの時が訪れた。

　9月最終日の就業時間後、ささやかなN氏の壮行会が行われた。N氏は新天地での抱負を大いに語った。この当時、タイには自動車関連など日系の製造業が次から次へと進出し工場を新設していった。工場で使用される器機を製造する我が社は、その恩恵を受け会社の規模も業績も飛躍的に伸びていた。N氏はそこで副社長としてビジネスを統括していくこととなる。その目は今まで見たことがないくらい輝いていた。

N氏はかくして旅立っていった。その後、N氏はタイの副社長を数年務め、続いてインドに赴任した。N氏にはインドという土地が性に合っていたようだが、ひょんなことから帰任することになる。その原因は私にもあるのだが、その話は後日紹介することとしたい。