もうしっかりアラサーの私がまだ子供だった頃。生まれ故郷の香川県、その中でもまた田舎の方に住んでいた私にとって、世界と呼べるものはとても狭いものでした。海外旅行なんて夢のまた夢、もちろんインターネットもなかったし、隣の街のことさえ知るには風の噂と新聞に頼るしかない。雑誌や漫画は、海を超えてくるために発売日には届かないし、取り寄せても忘れた頃に届く始末。レストランと呼べるものもなく、田んぼの合間に立っているうどん屋が唯一の外食と呼べるもの。当時はそれが当たり前だと思っていましたが、今考えるとなんとノスタルジックな生活だったのだろうと思います。
香川県の名誉のために付け加えておくと、今は大都市にこそおとりはすれ、とても便利で都会的な場所になりました。もちろん「日本昔ばなし」に出てくるような山と、穏やかに凪ぐ瀬戸内の海には変わりはありませんが、随分と様変わりしているようです。
さて、話を元に戻すと、私はその当時、レンタルビデオ店で借りてきたアメリカンドラマに夢中でした。それがきっと、今ここで暮らしているルーツとも言える憧れだったのだと思います。中でも、見たこともないような食べ物の味を想像しては「いつか食べてみたい」と思ったものです。
例えば、ドラマの中で子供が口の周りをベトベトにしながらも食べているアイスクリームサンデーなどは味の想像がつきます。アイスクリームにホイップクリーム、キャラメルソースにちょこんと乗ったさくらんぼ。これなら自分でも作ることができます。けれども、私がずっと不思議で、いつか食べてみたいと強く思い続けていたのはチキンウィング。あの赤いソースは何味なんだろう。もしかして激辛なのだろうか。手羽先に唐揚げのように見えるけれど、あれは揚げているのだろうか。成長期の異常なまでの食欲も相まって、あの頃の私は好きな男の子のことよりもウィングのことを考えていたような気がします。
その後何年も経って初めてハワイでウィングを食べた日から、さらに何年も経って今に至ります。今でもつい頼んでしまうウィング。どこにいても、世界中の料理のレシピや材料が簡単に手に入る時代になりました。郷土料理にフォーカスしたレストランも(少なくともここハワイでは)少なくはありません。私も色々と作ったり、食べたりしては、行ったこともない土地に思いを馳せています。なんと幸せなことだろうと思う反面、あの日ウィングに抱いたような熱烈な恋心にもう出会えないと思うと少し寂しくも思うのでした。
CAN OF ALOHA No.88
金平 薫 (Kaoru Kanehira)
香川県出身、現在はハワイ某所にて武者修行中。 日々のあれこれを、ゆるりとお伝えできたら幸いです。美味しいものには目がありません。 なんでもない毎日は Instagram:kaoru_days をご覧ください。