胃がんと塩分
「濃紫陽花一輪匂う床柱 中嶋正子」
東京では庭に紫陽花が咲くお宅を多く見かけます。先日そんな一軒のお玄関先に“ご自由にお持ちください”の貼り紙とともに、バケツ一杯の紫陽花が置かれていました。ありがたく頂戴し、持ち帰った紫陽花を大きな花瓶に溢れるほどに飾り、曇天の日々、目を楽しませてくれています。
ワクチン接種が進んでいますが、これまでの自粛生活活で日常の暮らしを豊かに過ごす方法を見つけ出した方も多いと思います。外食より自宅でおいしい食材を利用して、様々なレシピに挑戦している方もおられるでしょう。
プチ贅沢を楽しむ方が多い日本では空前の食パンブームで、1斤1000円を超えるいわゆるブランド食パンが飛ぶように売れていると聞きます。ご自宅でパンを焼く方はご存知と思いますが、パンの生地にほんの少し塩を入れます。私たちの味覚は舌の表面に並んでいる味蕾で感じます。たとえ食べ物の中に食塩が入っていても味蕾に付着しない限り、私たちは塩味を感じることはありません。
日本人は世界的にみて、胃がんの発症率が高いことが知られています。高血圧の予防に減塩と言われて長くなりますが、胃がんはどうでしょう。胃がんと食習慣の関連性を調べた統計を見ますと、塩も大きなリスクになります。胃がんは冷蔵庫の普及とともに、先進国での発症率が低下したことは知られています。保存に利用していた塩が必要なくなったためだそうで、ある本に胃がん罹患率の低下に貢献したのは、ドクターではなく、電気屋さんかもしれません、と書かれていました。つまり、塩の過剰な摂取は大きなリスクだったのです。胃がんの発症にはピロリ菌犯人説が定着していますので、ピロリ菌除去は薦められていますが、塩に関して言及するドクターはあまり多くないだけでなく、私たちの自覚も足りないようです。
塩を「少しずつ長い時間をかけて減らしていけば誰にも気づかれないし、売り上げも減らない」との作戦で10年間にわたり、国中のパンの塩分濃度を下げていき(もちろん大手メーカーも協力しました)ついに食パンの塩分濃度を20%下げ、成人の食塩摂取量が15%減ることで、心筋梗塞と脳卒中での死亡率が約4割も下がるという大成功をした国がイギリスです。もちろん胃がんの罹患率も低下しました。こうした減塩作戦はイギリスのように国や企業が主導してくれなくても、自分自身でトライすることができます。特に、漬物や干物のように味わう塩(食材の表面についていて、味蕾で感じる塩)を減らすことは案外簡単です。隠れた塩(パンなど食材全体に入っていて味蕾で感じられない塩)を減らすのは難しいのですが、意識しておけば、食材選びの参考にできるでしょう。
jastの顧問遠藤先生も論文で塩のリスクについて強調しておられます。自宅で食事を作る機会が与えられている今日この頃、減塩メニューを考えるのも豊かな暮らしのひとコマかもしれません。
神楽坂発 お身体へのお便り No.95
安田祥子 Akiko Yasuda
株式会社jast代表取締役会長
統括メディカルアドバイザー、フリーライセンスドクター、「農林水産省 産学共同プロジェクト」メンバー
最愛の娘の突然の死をきっかけに、健康は当たり前のものではなく、自らの手で守り育むものと痛感し、分子生物学や医学などを学ぶ。2013年(株) jastを設立し家庭と医療機関を結ぶ架け橋としてのアドバイザー育成に取り組む。これまで200件以上のクライアント様の健康・医療・日常生活のご相談に応えるとともに、教育部門JAMAで主席講師を務め分子生物学の観点から細胞に働きかける栄養素や最新の遺伝子研究など多岐に渡る講義を行う。数多くの機関誌への執、講演会、セミナーなども行っている。
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