植物と私たち
緑豊かな皐月に入り、我が家の庭も木々や花々で彩られています。植物は私たちと同じ共通祖先から遥か昔に枝分かれした真核生物ですが、私たちとは異なり脳や臓器を持たず、目に見えないほどゆっくりとした動きで生命活動をしています。
では植物には意識や感覚は無いのでしょうか? 私たちが外界を知るには目や耳が大きな役割を果たしています。視覚が機能するには光を受け取ることが不可欠です。光合成によってエネルギーを得ている植物も同じように光は不可欠で全身に光受容体を張り巡らせて、紫外線や色などを鋭敏に感知しています。
室内で植物を育てた経験をした方にはわかりやすいと思いますが、光のある方向に葉を動かす屈光性は単に光を探すだけでなく、波長や色の情報も得ているのです。また、植物が生き延びるには環境情報が不可欠です。芽を出す春、葉を落とす冬など、絶え間なく変化する周囲の情報に適切に反応しない限り子孫に命を繋ぐことはできません。
生物学の巨人ダーウィンは植物の根の先端(根端)は動物の脳に匹敵する機能を持っている、と述べています。生命維持に必要な水やミネラルの大部分を土から吸収する植物は根に人の脳に当たる機能を備えていると考えられます。例えば、理化学研究所の報告では植物はホルモンのオーキシンを根端に多く蓄積させ、重力の方向だけに伸長することを妨げ、曲がり広がる方法でより多くの栄養分を吸収できるようにしています。
聴覚はどうでしょう? 植物の細胞は機械受容チャンネルを備えていて、音の振動などを捉えています。これは私たちの聴覚が音波を鼓膜の振動によって最終的に音として認識しているのと同じです。
コミュニケーションはどうでしょう? 植物が昆虫に葉を食べられたなど危険が迫ると、生化学物質を空気中に発散させて同じ種にアラートを発するそうです。オジギソウの葉に触ると葉が閉じることを子供のころに経験した方もおられるでしょう。ところが軽く何度も触れると危険が無いと判断して葉を閉じなくなるそうです。マサチューセッツ工科大学で開発したホウレンソウは土壌の水分から爆発物に含まれる芳香族ニトロ化合物を感知すると葉に仕込まれたカーボンナノチューブから信号を発信し、その情報を赤外線カメラで読み取り、Eメールで周辺のヒトに注意喚起するそうです。これも植物のコミュニケーション能力を応用した、ヒトと植物との共同作業かもしれません。植物は他にも多くの能力を備えて地球にドンと根を張っています。
よく、緑に癒されると耳にしますが、私たちも緑を癒す能力を発達させたいものです。ギリシャ神話には樹木の精霊ドライアッドが登場します。優しい気持ちで森に入ればドライアッドに会えるかもしれません。
神楽坂発 お身体へのお便り No.92
安田祥子 Akiko Yasuda
株式会社jast代表取締役会長
統括メディカルアドバイザー、フリーライセンスドクター、「農林水産省 産学共同プロジェクト」メンバー
最愛の娘の突然の死をきっかけに、健康は当たり前のものではなく、自らの手で守り育むものと痛感し、分子生物学や医学などを学ぶ。2013年(株) jastを設立し家庭と医療機関を結ぶ架け橋としてのアドバイザー育成に取り組む。これまで200件以上のクライアント様の健康・医療・日常生活のご相談に応えるとともに、教育部門JAMAで主席講師を務め分子生物学の観点から細胞に働きかける栄養素や最新の遺伝子研究など多岐に渡る講義を行う。数多くの機関誌への執、講演会、セミナーなども行っている。
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