ただひとりの読者への手紙
文章を書くときの基本として「ただひとりの読者に向けて書くべし」という作法がある。不特定多数の読者を想定すると、当たり障りがない代わりに面白みに欠けるなんてことになりやす い。ひとりの読者に向けて書くことで、かえって多くの人に伝わるものなのである。
ライターのはしくれとして、私もこの作法を心がけて来た。例えば、このコラムを連載して11年、私はただひとりの読者としてある人に向けてずっと書いてきた。その人はMさんという。
実はこのコラムの担当さんである。
私がこのコラムを初めたのは、2009年の6月だった。最初の数回は別の方が担当していたのだけれど、すぐに担当がMさんに変わった。以来、ずっとMさんが担当を務めている。私がこれほど長く連載を続けてこられたのはひとえにMさんのおかげである。
日刊サンのコラムは日替わりで、基本的に1日2本掲載。隔週連載なので、約20人の執筆者がいることになる。20人のスケジュール管理というのは、相当面倒だと思う。なにしろMさんの本業務はグラフィックデザインなのである。デザインのかたわらに編集の仕事をしなければならないので、本当に大変だと思う。皆が締め切りを守るわけではないし、校正作業もあるし、執筆者はしょっちゅう入れ替わる。次の締切の連絡だけでもひと仕事だと思う。
Mさんは素晴らしい担当さんである。毎回、締切の数日前に確認の連絡をしてくれる。コラムを送ったあともすぐに受領の返事をくれる。この返信を、私は何よりも楽しみにしてきた。なにしろMさんは、コラムを読んだ感想を必ず書いてくれるのである。それも、単に「面白かったです」というレベルではない。「これを読んでこんなことを思い出しました」とか「こんなことがあったら私だったらこうします」といった、極めて私的で深い感想を書いてくれるのである。
今までたくさんの編集さんと仕事をしてきたけれど、これほど心のこもった感想を毎回必ず書いてくれる人は他にいない。はっきり言って、Mさんの感想を聞くために私は書いてきたようなものである。「Mさんを笑わせたい!」というのが一番の原動力だが、「これを書いたらどう思うだろう?」というチャレンジもしてきた。勇気を出して書いたことを評価してくれると、ものすごく励みになる。Mさんは読書感想文も上手かったんだろうな。
日刊サンは来月からウェブ版のみになる。私のコラムが紙面に掲載されるのはこれが最後。いつかMさんに伝えようと思っていたことを、今回は書いてみた。ちょっと勇気を出して。はっきり言って気分はラブレターですね。
Mさん、今まで本当にありがとうございます。感謝しております。そしてこれからもどうぞよろしくお願いします!
返信お待ちしております。
No.206
相原光(アイハラヒカル)
フリーランスライター&翻訳
群馬県出身、早稲田大学卒業。2008年結婚してハワイに移住。夫は寿司シェフ。2012年4月双子猫パンとマーチを連れてハワイ島に引越。8月に玄米寿司とムスビの持ち帰り店「DRAGON KITCHEN」を夫婦でヒロにオープン。現在ライター兼寿司屋のお手伝いとして活動中。姉は漫画家の花福こざる。
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