1年ぶりのフラレッスン
1年ぶりにフラに行った。
昨年3月のロックダウン以来、ハラウ(フラ・スクール)は長らく閉鎖状態だった。ロックダウン解除後に数回レッスンがあったけれど、コロナ騒ぎがすぐに集結しなかったため、昨年はそれっきりハラウに入れない状態。苦肉の策で、年末から数か月は、ZOOMを使っていた。
ZOOMを使っていたハラウはけっこう多かったらしい。ただ、人数が多いと、画面が小さくなってしまうので、指導する側は大変だったと思う。個人レッスンなら問題なくできると思うけど、ZOOMで団体を指導ってかなり無理がある。我がハラウの場合も同様で、「踊る」ことはほとんどなかった。フラやハワイの文化についてのレクチャーや、オリ(チャント)の練習などがメインとなっていた。
今年の3月からようやく通常のレッスンが再開! と思ったら、今度は私が忙しくなりすぎてしまい、フラに行けなくなってしまった。観光客の急激な増加で、ハワイの飲食店はものすごく忙しい。年末年始の繁忙期が3月からずっと続いているような状態である。
これだけ長期間フラに行っていないと、なにもかも忘れてしまいそう。もともとあんまり覚えてないし、練習も全然していない。いっそこのままフラを止めようかと一瞬考えた。だがしかし、「止めるほど練習してないんだから、止める必要もないんじゃない?」という思いに至り、止めるのは止めた。
忙しすぎて疲れ果てた私と夫は、7月から2週間のバケーションをとることにした。おかげで、ようやくフラに行けたというわけである。
しかし私が出席した日は、残念ながらクム(フラの先生)は急用のため不在。代わりに上級者の指導となった。(まあ、クムがいたら全然練習していないのがバレて怒られただろうけど)ものすごく久しぶりのフラは、もちろん楽しかったし、思ったよりも覚えている自分にちょっと驚いた。ヨガのおかげで身体が柔らかくなって動きやすくなったのと、ギターのおかげで音に反応する能力がアップしたのではないかと自己分析。しかしクムがいたら(以下同文)。
そして一番うれしかったのは、みんなが私の名前を覚えていたこと! なにしろアメリカ人は、私の名前を覚えられない。自分のお店で毎日のように自己紹介してるけど、虚しくなるもんね。ニックネームをつけておけばよかったって、日々思うもん。
フラ・シスターたちは、「そんなの覚えてるに決まってるじゃん」とみんな笑っていた。このハラウに入って6年以上経つから、名前を覚えているのは当たり前なのかもしれないけれど、名前を覚えてもらえないのが当たり前の私にとっては、当たり前のことではない。
「同じハラウの仲間というのは、普通の友達とは違う」と上級者たちはみんな言う。特別な時間を共有して、助け合って、一緒に成長してきたから。その中に、私も一応入れてもらえてるのかな。フラを止めなくてよかったと、改めて思った。来週もう1回行けるから、練習しよう!
だがしかし、帰宅後、なぜかウクレレを練習してしまったワタクシであった。
No.223
相原光(アイハラヒカル)
フリーランスライター&翻訳
群馬県出身、早稲田大学卒業。2008年結婚してハワイに移住。夫は寿司シェフ。2012年4月双子猫パンとマーチを連れてハワイ島に引越。8月に玄米寿司とムスビの持ち帰り店「DRAGON KITCHEN」を夫婦でヒロにオープン。現在ライター兼寿司屋のお手伝いとして活動中。姉は漫画家の花福こざる。
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