どうにも不可解な事件である。
警察から電話がかかってきたのは、4月27日水曜日、午後三時過ぎだった。心当たりは何もない。緊張しながら、夫の対応に耳をすませる。red carという単語で、少しほっとした。赤い車というのは、夫が前に乗っていた車である。つまり、今所有している車とは関係ないことになる。
なぜ以前所有していた車について問い合わせがあったのか? その車が盗まれたという。
赤いフォルクスワーゲン・ジェッタ。年式は2000年。それは確かに、夫が乗っていた車だった。だがしかし、乗っていたのはもう3年も前になる。2019年の6月に売却してしまったのだから。
そのジェッタが盗まれた。場所はハワイアン・ビーチという住宅街。ところが、車の所有者と連絡が取れないという。夫がジェッタを売却した人物の、名前と連絡先を教えて欲しい。というのが、警察の要件だった。
残念ながら、名前は覚えていない。夫はクレイグスリスト(インターネット上の掲示板)を通じて車を売却した。告知を載せて10分もしないうちに、若い男性から連絡がきた。今すぐ車を見たいという。やってきたのは若いハワイアンの夫婦で、奥さんは妊娠中だった。出産予定日を過ぎているのに車がないため、今すぐ車が必要だという。情にほだされてしまった夫は、かなりの割引価格でジェッタを売却したのだった。
その時会っただけなので、名前まで覚えていない。通話記録も残っていない。(名義変更は簡単な書類を役所に郵送するだけなので、日本より簡単だと思う)一応調べて、何か分かったら連絡します、と夫は警察に伝えた。
ここで素朴な疑問が浮かぶ。盗難届を出した人物の連絡先が、なぜ分からないのか? 盗難届を出したのは、車のオーナーとは別の人物なのか? だとしたら、盗難届を提出した人と、車のオーナーの関係は? どうにもよく分からない。
3日後。地元のニュースの見出しに仰天した。
「ジェッタ盗難でプナの男性逮捕」
これは、我が赤いジェッタのことに違いない。逮捕された男性(26歳)は、他の罪で保護観察中だった模様。保釈金は2万ドル。
犯人が捕まって、こうして報道されたということは、車のオーナーとも連絡が取れたのだろう。それは良かったけれど、やっぱりどうもよく分からない。
そもそも、このジェッタがまだ現役で走っているというのが驚きだった。手放した時、すでに様々な問題を抱えていたのだから。致命的な問題ではなかったので、次のオーナーが見つかったわけだけど(「とにかく今動けばいい」という要望だった)。
運転中、私は今でも赤いジェッタを探してしまう。まだ走っているのなら、どこかで会えるかもしれない。我が家を出てから、いったいどんな物語があったのだろう?
その後、プナの男性がどうなったかは分からない。
No.244
相原光(アイハラヒカル)
フリーランスライター&翻訳
群馬県出身、早稲田大学卒業。2008年結婚してハワイに移住。夫は寿司シェフ。2012年4月双子猫パンとマーチを連れてハワイ島に引越。8月に玄米寿司とムスビの持ち帰り店「DRAGON KITCHEN」を夫婦でヒロにオープン。現在ライター兼寿司屋のお手伝いとして活動中。姉は漫画家の花福こざる。
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