Kさんのお話
新卒で入社した会社を辞めてハワイでもう一度大学に通うと決めたとき、新しい冒険が楽しみな気持ちもありましたが、これでいいんだろうかという迷いが心の中に強くありました。サラリーマンライフ自体は楽しく、たくさんの経験をさせて頂き、同期や先輩にも恵まれ、苦しいことがありながらも頑張っていたので、もう少しここでキャリアを積んでもいいのではないか、と最後の最後まで悩みました。でも結局色々考えて考えて、今ここにいることには後悔していないので、結果オーライといったところでしょうが、当時は不安でたまらなかったのをよく覚えています。
学生に逆戻りしてはや2年が経とうとして、会社員時代のことをようやく懐かしめるようになりました。オフィスの近くにあった、お世辞にも清潔とはいえない中華料理店の酢豚が美味しかったこと。営業先で冷や汗をかくような失敗をして、周りに助けてもらったこと。出張先の北海道で食べすぎて、一週間で数キロ増えてしまったこと。大型受注に初めて成功した帰り道で、涙が溢れてきたこと。飲み会でへべれけになってしまったこと。短い期間ではありましたが、私の大切な思い出です。
そんななかで、ふとKさんという方のことを思い出しました。私が退職してすぐに定年退職なさったと聞くので、それなりにお年を召した方でした。部署は違いましたがデスクは近く、奮闘するへっぽこ新人の私をよく気にかけてくださる方でした。
そんなKさんはよく、残業している社員にお菓子や軽食を配ってくれました。私もその恩恵に預かり、「若いんだからしっかり食べてしっかり頑張りなさい」の言葉に応えるべく、夜遅くまで粘って仕事を終わらせていたものです。もちろんその食べ物はKさんの自腹。半額のシールが貼られた菓子パンや、新発売のお菓子、時にはオフィス近くにあった和菓子屋のまんじゅう。
家族と離れ、一人、東京で慣れない社会人生活を過ごしていた私にとって、それらがどんなに温かく、優しいものであったか。私の社会人生活が、その甘くて柔らかい営みに支えられていたことはいうまでもありません。
コロナが収まらず、心まで荒んで行くように感じる今、Kさんのことを思い出すだけで、ふわりとあのときの気持ちが蘇ってきました。つらいと思うときこそ、支えてくれる環境や、自分を思ってくれている人がいることを忘れてはならないのです。それを忘れずにいれば、いつかKさんのような人になれるでしょうか。
きっとまだまだ時間と修行が必要ですが、いつか私も誰かに、私がKさんからもらったかけがえのないものを与えられる人になりたいと強く思うのでした。
CAN OF ALOHA No.38
金平 薫 (Kaoru Kanehira)
香川県出身、現在はハワイ某所にて武者修行中。 日々のあれこれを、ゆるりとお伝えできたら幸いです。美味しいものには目がありません。 なんでもない毎日は Instagram:kaoru_channel をご覧ください。