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デジタル版・新聞

高尾義彦のニュースコラム

タネは誰のもの? 種苗法改正、さらに論議を

 新型ウイルスの感染拡大対策や安倍前首相の「桜を見る会前夜祭」疑惑などの審議に隠れてあまり注目されないまま、改正種苗法が臨時国会終盤の12月2日に可決、成立した。ブランド果実など日本で開発された種や苗木が海外に不正に流出することを禁止することが第一の目的だが、同時に、農家の「自家増殖」を制限する規定が盛り込まれ、タネの権利が農家から奪われると懸念を強めるグループもある。改正法成立後の行方を、農家の実情を理解し、日本の「農」を守る立場から見守る必要がある。 

 平昌オリンピック(2018年)でカーリング女子の日本代表がもぐもぐタイムと称して、イチゴなどのおやつを食べていた光景を憶えているだろうか。あのイチゴは、日本で開発された品種だが、無断で韓国に持ち出されて栽培されていたもので、日本の権利が侵されたと怒る声も聞かれた。種苗法改正の必要性を訴える意見で必ず持ち出される事例がブドウの「シャインマスカット」で、これも国立研究開発法人「農研機構」が育成し国内では品種登録されているが、中国や韓国で無断栽培され、海外での品種登録がなされていないため、いまでは“合法的に”栽培されて市場に出回っている。 

 農水省は改正種苗法の狙いは、こうした事態を防ぐため、と説明し、法成立を歓迎するメディアもあるが、重要な問題点は十分、国民に理解されているとは言えない。 

 法案は今年3月の通常国会に提出され、政府は短期の審議で成立を目指したが、女優で歌手の柴咲コウさんが4月30日のツィッターで、「自家種取禁止では日本の農家さんが窮地に立たされてしまいます」と発信したことなどから関心を集め、成立は見送られ継続審議となった。柴咲さんは「知らない人が多いことを危惧した」と動機を説明、ネット上では反論も展開され、ツィッターは削除されたが、問題点の一端が世の中に注目されるきっかけになった。 

 この問題に地道に粘り強く取り組んでいるのは、民主党政権当時の農林水産相だった山田正彦弁護士で、「種苗法改正の問題点」(「住民と自治」5月号)などで、この法律によって日本の農業が崩壊しかねない危機感を訴え、「日本の種子を守る会」などとともに活動している。山田弁護士は映画「タネは誰のもの」をプロデュース。全国の農家を歩いて撮影されたこの映画を10月末に見たが、ある有機農家は「農家を保護するための改正ではなく、農家をやめなさいという改正になっている(タネは)ある特定の人たちが持つものではなく、みんなのもの」と切実に語っていた。 

 山田弁護士たちが指摘する最大の問題点は、登録品種を農家が自分の畑などで増やす際、開発者の許諾を必要とする許可制となったことだ。種苗会社が販売する種子には一般品種と登録品種があり、現在は登録品種であっても、農家の種子繁殖は認められ、その品種を使用した品種改良も認められている。つまり、自家増殖は「数千年という歳月をかけて農家がつないできた栽培種の権利」であり、映画に登場した農家の男性が「農家の基本は、一 種、二 肥、三 作りと言われるぐらいタネ(苗)は大切なもの」と語っていたのが印象的だった。 

 改正法では、この登録品種が自家増殖(種子繁殖など)に当たって、許諾性になることから、育成権者としての企業などに使用料を支払う義務が生じ、これが高額になる懸念が指摘されている。タネの権利が、内外の大手企業に独占される恐れも想定される。 

 種苗法は、登録品種を厳格に扱うことによって、日本の種子の海外流出を防ぐという論理だが、その規制が農家の自家採種による経営を困難にする側面に注目しなければならない。登録品種の海外持ち出しは現在も国際条例で禁止されているが、現実には歯止めが効いていない。シャインマスカットの場合、海外で適切に品種登録しておけば権利は保護された可能性があり、海外流出を防ぐにはこうした方法を活用する道もあるのではないか。 

 種苗法改正に先立って、種子法が2017年に廃止された後の動きを見ておきたい。種子法では、コメ、麦、大豆は日本の主食としてその種子は国が管理し各都道府県に優良な種子を安定して農家に提供するよう義務付けてきた。ところが国は、種子法廃止によってこの義務を放棄し、予算措置などで農家を守ってきた政策を転換した。 

 この事態を受けて、新潟県が種子法に代わる県条例を2018年3月に可決、兵庫県、埼玉県がこれに続き、北海道から鹿児島県まで22道県で種子法の精神を生かした種子条例が成立しており、来年には32道県に増える見込みという。農家に寄り添う自治体の姿勢がうかがわれる。 

 山田弁護士は「あきらめることなく、私たちのできることを行動する。このことが世の中を変えることだと私は確信しています」とコメントしている。改正法施行は来年4月(許諾制は2022年)だが、農家が犠牲にならないよう国民の監視が求められる。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


(日刊サン 2020.12.09)

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