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デジタル版・新聞

木村伊量の ニュースコラム

令和時代と「失敗の本質」

ツタンカーメンってご存知ですか。紀元前14世紀、古代エジプト第18王朝のファラオ(王)で、わずか19歳で亡くなったといわれます。

そのミイラを覆った「黄金のマスク」は1965年に日本で公開され、ひと目見ようと、記録的な数の人びとが各地の博物館に詰めかけました。わたしは佐賀の小学校6年生。福岡の会場で見たことを覚えています。15年ほど前には、カイロのエジプト考古学博物館で再び目にする機会がありました。

実は、ツタンカーメン王の死因は、今世紀になってからのDNA鑑定やCT解析によって、マラリアに感染したためだと考えられています。マラリア、ペスト、天然痘、コレラ、エイズ……古代エジプトの大昔から現代に至るまで、人類の歴史とはすなわち、感染症との戦いの歴史だったのですね。

新型コロナウイルスの猛威が衰えません。ロシアや中国、米国からワクチン開発のニュースが届きますが、さて、人類への福音となるのか。収束のきざしはまだまだ見えず、来たる2021年もしばらくは、世界はこのやっかいなウイルスに悩まされると思うと、暗い気持ちにもなろうというものです。

12月12日現在、日本国内では17万人を超す感染者が出て、2千5百人以上が亡くなっています。それでも、米欧や、インド、ブラジル、ロシアといった国々と比べると、日本は感染者数、死者数とも「けた違い」に少ないのは事実。初動に遅れ、アベノマスクなどの珍妙な政策を繰り出した日本政府の対応だけをあげつらうのは公平を欠くのかもしれません。

しかし、日本のコロナ対応を振り返ると、この国が抱え続ける「組織の体質」「日本的思考」のようなものが浮かび上がってくると感じます。

昭和の15年戦争における、旧日本軍による6つの主要作戦を対象に、なぜ組織的な失敗を重ねたかを歴史家たちが分析した『失敗の本質』(初版は1984年)という名著があります。戦争当時の政治家や軍部の「戦略なき場当たり主義」などへの批判は、今日でもそのまま通用しそうです。この本の指摘も参考に、コロナ禍への対応をトレースしてみると――。

彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず(孫子) 日本は無謀にも、国民総生産額にして13倍、石油生産量にいたっては721倍の米国に戦争を挑みました。わたしたちは、新型コロナという手ごわい「敵」の正体をどこまで知っているのでしょうか。「季節性のインフルエンザみたいなもの。100年前のスペイン風邪と同様、そのうちに弱毒化しておさまる」。ときどき、政府関係者から、そうした根拠の薄い希望的観測(wishful thinking)が聞こえてくるのは、気になるところです。

インパール作戦の失敗に学ばず 「撤退プランもなくGoToキャンペーンを始めたのは異常。失敗を想定しないプランは、無謀な作戦で多くの犠牲を出した旧日本軍のインパール作戦と同じです」と神戸大学大学院の岩田健太郎医師は指摘します。「現時点では医療はまだひっ迫していない」とは、よく聞く政府首脳の言葉ですが、岩田医師は「日本の政治家は『まだ大丈夫』とぎりぎりまでトイレに行かない子どもみたいなもの」と危機感の薄さを皮肉ります。

21世紀版のガダルカナル? 日本から6千キロ離れた南太平洋のガダルカナル島。最前線の現場をろくに知らない大本営が「机上の空論」をこねくり回し、補給を断たれた現地派遣部隊は全滅しました。『失敗の本質』では、兵力を小出しにつぎ込む「戦力の逐次投入」の愚かさをえぐっています。経済と感染予防の「両立」を重んじるあまり、菅政権は、全面的なGoToの休止や外出抑制など、思い切った決断に二の足を踏んでいます。「二兎(にと)を追うものは一兎をも得ず」ということに終わらなければよいのですが。

場の「空気」に支配される 旧日本軍では、将官の合理的な戦略判断よりも、会議などの場に漂う、なんとなくの「空気」が重んじられ、ずるずると自爆戦争への道を転げ落ちていきました。「流れはもう決まっている。自分ひとりだけが逆らっても始まらない」という大人の対応――つまりは、忖度(そんたく)です。「菅首相キモ入りのGoToに、物申せる雰囲気ではない」と、ある厚生労働省高官は声をひそめます。正面切って異論を唱える、勇気ある官僚は見当たりません。新型コロナウイルスよりも、こうした「空気」の集団感染の方が、よほど手ごわいのかもしれませんね。

『失敗の本質』が問うたのは、昭和の戦争の敗北にとどまりません。日本社会に横たわる「伝統」はいまも、しっかりと受け継がれているのです。

(日刊サン 2020.12.20)

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章(CBE)を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。

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