「立川談慶独演会in Hawai’i」が、先月19日、ホノルル妙法寺で開催された。ハワイで東北復興支援活動を続けるNPO主催のチャリティー寄席は昨年に続き2回目。今年もオアフ島内外から大勢の落語ファンが来場し、談慶さんによる落語立川流を堪能。盛況のうちに幕が閉じられた。『日刊サンハワイ』にとっても2回目のインタビューとなる今回は、ハワイと落語の意外な親和性や、今の日本が抱える社会的価値観への疑問、談慶さんの落語への想いなどについて伺った。
2回目の独演会を終えて ー
「人間の心は国や人種が違っても基本的に変わらない」
今回の独演会では『井戸の茶碗』『禁酒番屋』の2篇が演じられ、精妙巧緻でありながら初心者にも入り込みやすい談慶さんの語り口に満場の拍手が贈られた。「来場したお客さんは、昨年の独演会にも来た人が3分の1くらい、落語を聴くのは初めてという人が3分の1くらいで、混ざり具合がちょうどいい感じでした。『井戸の茶碗』は真っ正直ゆえ不器用に生きる人々を讃える噺。去年『紺屋高尾』を演じましたが、ハワイで友達になった人が、あの噺はよかったと言ってくれて。人間の心は国や人種が違っても基本的に変わらないんだなと感じ、今年も人情噺を選びました」
ハワイと落語の親和性 ー
「ハワイには使いどころのない可笑しさ『フラ』がある」
談慶さんは「落語はハワイに合っている」と語る。「落語に出てくる登場人物というのは皆、馬鹿でどうしようもない人間ばかりなんです。日本では、そういう人々が出てくる物語で皆が癒されるという構図。一方ハワイでは、住んでいる人に登場人物が近いという感じがします。落語の中で『使い所のない可笑しさ』という意味の『フラ』という言葉があるんです。座って頭下げるだけでなんだか可笑しい、という。ロジカルに説明できないという面白さ、落語家にとってはそれが理想の形なんです。ハワイにはそのフラがあるように感じます。フラダンスのフラもありますしね(笑)」。
ハワイの空の無数の星は「雨の降る穴」
フラは、落語の噺にしばしば登場する与太郎という人物に象徴される。楽天的で呑気、ぼんやりとした性格で何をやっても失敗ばかりの与太郎だが、心根がよく、周囲から心配されながらも場を和ませるという役柄だ。「落語でこういう噺があります。与太郎とその兄が屋根の上で棒を振り回して、空にピカピカ光ってるものを取ろうとしている。すると父親がやってきて『取れるわけがないだろう、あれは雨が降る穴なんだから』と言う。日本だと数えるほどしか見えませんが、ハワイの夜空には無数の星が光って雨の降る穴にしか見えないんですね。それもあって、ハワイの人は与太郎みたいだなと思って。落語の感性に近いと思ったんです」
ハワイの日系人と落語 ー
「江戸時代の気質が残っているのかもしれない」
談慶さんは、ハワイに「古き良き日本」が残っている理由の1つについて次のように語る。「ハワイは日系人が多いところですが、150年前、ハワイに移住した日本人から受け継がれた江戸時代の気質のようなものが未だに残っているのかもしれません。それが、元々のハワイの風土にも合っていた。共通するところがあったのでのはないかと、ハワイで独演会を2回やらせてもらって思ったんですね。落語は江戸時代に作られて、明治時代に花開いた。落語とハワイに残る古い日本文化は、時代による価値観も被っているのだと思います」。日系人の子孫であるハワイのお年寄りたちは、昔の日本の話をする際に想像力を大事にしているという。それゆえ、談慶さんが今後もハワイで落語をやっていくにあたって、共感を覚える日系人、日本人がたくさんいるのではないだろうか。「先日の落語会の観客の中にもそれと思しき年配の方がいらっしゃいました。そういった方々が築き上げてきた歴史をリスペクトするためにも、ハワイ独演会は続けていきたいと思っています」
|
勝ち組・負け組という価値観 ー
「今の日本人は勝ち負けに捉われすぎている」
昨今の日本の社会的価値観について談慶さんは「ますます効率第一、成果主義に傾いて、許容の心や受け入れる心もなくなっている」と語る。「だから、結果を出さないとすぐに置いていかれるというような強迫観念に取り憑かれていると思うんです。勝ち組、負け組というのは戦後の価値観なんです。その価値観によって日本が繁栄したということがありますが、それにこだわり過ぎている部分もある。勝ち続けるということは結局弱いものいじめになっちゃう。ハワイでも、日本人はいろんな場面で『それは日本じゃ通用しないよ』とよく言うようだけど、そう言っている時点で日本の価値観が上だと思ってるんですよね。落語に出てくる江戸時代の登場人物は『出世なんて災難に遭うのはごめんだ』なんて言うんです。そんなふうに昔の日本人はもっと大らかだったんだ、ということを伝えていくためにも、落語は必要な芸能だと思います。日本人がもっと大らかになれば、日本はもっと暮らしやすい国になると思います」
「ハワイでは通用しないよ」という台詞を日本で言えばいい
ハワイに来ると「いつも空ばかり見上げてしまう」という談慶さん。「鬱というのは『うつむく』から来ているんだそうです。ハワイは空が綺麗だから上を向くことが多いんですが、上を向くというのは、人間の1番間抜けな状態なんですよね。仰向けになると楽だし」。日本では今、鬱病など精神的な疾患を持つ人々の増加も社会問題の1つになっている。「だから日本人は、天地療法としてハワイに来て、空を見上げるといいと思います。そして『それはハワイでは通用しないよ』という台詞を日本で言えばいいんじゃないですかね。ハワイの大らかさや人の温かみ、誰が話しかけても笑顔で返すとか、時間に余裕を持つことなんかを見習ってみたらいいと思います」
談慶さんの字幕落語 ー
「外国人にも落語を知ってもらうための架け橋に」
来年のハワイ独演会では、日本語の分からない人にも落語を楽しんでもらうため、英語の字幕とイラストをプロジェクターで表示し、それを見ながら身振りや表情も見て話を想像してもらう「字幕落語」を考えているという。日本語を話さない人も対象とした落語会になるため、今年よりさらに多くの人の来場が見込まれる。この字幕落語は、さいたま市で今年の1月にも行われた。「開演前、お客さんに日本語と英語でどんな話が展開されるかを予め頭に入れていただいた状態で落語を聴いてもらったのですが、評判が良かったんです。落語を外国人にも知ってもらう架け橋になるような、先の可能性が感じられました」
|
来年1月にもさいたま市で上演
談慶さんによる字幕落語は、来年1月13日にもさいたま市の国際交流センターで行われる予定だ。企画されている演目は『藪入り』。江戸時代の商家の奉公人が休暇を取って実家へ帰る日のことを藪入りというが、この噺は3年ぶりに親元に帰る我が子を待ちわびる両親が登場するところから始まる。「自分の血を分けた子供が3年振りに家に帰ってくる夜という場面は、日本人でもアメリカ人でも想像できるだろうと。1日しか休みがないのに、息子が帰ってきたら、饅頭とか鰻とか焼き鳥とか、とにかく美味しいものを喰わせたい。もし喰えなかったら、口に指突っ込んで吐かしてでも喰わせたい、というようなことを言って笑わせる話なんですね」
落語という伝統芸能について ー
「変えちゃいけない部分と変えなければいけない部分がある」
落語の起源は、室町時代末から安土桃山時代にかけ、戦国大名の側に仕えて世情を伝えたり話し相手になる「御伽衆(おとぎしゅう)」と呼ばれる人たちだった。長い歴史を持つ日本の伝統芸能、落語について、談慶さんは「形を守りながら時代に即した落語を作っていかなければならない」と語る。「落語はスタンダードなお笑いですから、聴く度に『昔ながらでいいものだね』という郷愁の念のようなものが感じられます。現代のポップなお笑いは、文明に即したものですから、毎年アップデートされていく。私の師匠、談志が凄かったのは、スタンダードな笑い、ポップな笑いの両方ができたということだったんです。変えちゃいけない部分と、変えなければいけない部分と両方あって、形を守りながら時代に即した落語を作っていかなければならないと思います。落語は『変えちゃいけない』という考え方が主流とは思いますが、それでもやっぱり、自分なりの新しいオリジナルの世界を作っていかなくちゃならないんです。ですから『これは自分に合わないかもしれない』というような食わず嫌いをなくし、面白そうなことは取り込んで、興味の幅を広げていく努力をしています」
常に落語の新しい可能性を追い求める談慶さん。字幕落語のほか、モアナルア・ガーデンのモンキーポッドで有名な日立のCMの挿入歌を歌うアカペラグループ、INSPiとのコラボレーション「アカペラ落語の会」を行うなど、アイデアを形として発信し続けている。文筆家としても活躍し、最新刊『デキる人はゲンを担ぐ』(神宮館)を始め、数多くの著作を持つ。次は、どんな想いがどんな形で顕れるのか。今後の活動からも目が離せない。
立川談慶(たてかわ だんけい) 1965年(昭和40年)11月16日生まれ。落語立川流所属の落語家。長野県上田市出身。長野県上田高等学校、駿台甲府高等学校を経て慶應義塾大学経済学部卒業後、㈱ワコールに入社。平成3(1991)年4月立川談志門下へ入門。前座名立川ワコール。 平成12(2000)年12月、二つ目昇進、談志より「談慶」と命名。平成17(2005)年4月、真打ち昇進。趣味・特技は10年続けているウェイトトレーニング。ベンチプレス120kg。本書く派として、 『大事なことはすべて立川談志に教わった』(KKベストセラーズ)、『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか 落語に学ぶ「弱くても勝てる」人生の作法』(日本実業出版社)、『また会いたいと思わせる気づかい』(WAVE出版)、『老後は非マジメのすすめ』(春陽堂書店)、『デキる人はゲンを担ぐ』(神宮館) など著書多数。
<聞き手> 鶴丸貴敏(『日刊サンハワイ』編集部) アントニオ・ベガ(“Wasabi”編集長) 佐藤リン友紀(ライター)
<文・構成> 佐藤リン友紀