偶然の幸運に出会うセレンディピティという考え方
セレンディピティという考え方があって、これは偶然の幸運に出会うということをいいます。それには3つの条件があります。l つ目は 「Action(アクション)」、2つ目は 「Awareness(アウェアネス)」、3つ目は 「Acceptance(アクセプタンス)」。 まずは「行動すること」が大切です。何でもいい。まずは行動を起こすことなのです。私は今回、ホノルル・ ファウンデーションという、日本のよさをグローパルな視点で発信している団体の招きで、講演やシンポジウムのためにハワイに来ました。でも全然 違うことにも出会っています。
例えば、改めて感じるハワイの風。本当に気持ちいいですよね。ハワイに来たのは5回目くらいですが、ハワイって本当にいいところだな、風っていいなと思いました。こうして、最初に目的としたものと違うものにも 出会うのです。それがセレンディピティなんです。Aを見ていたけれどBに出会う。そのためにはアクションをしないといけないということです。 次にアウェアネス。 「気付き」が必要です。せっかく出会っていても気付かなけれ ば仕方がない。自分が目的としている中心 だけをまっすぐ見ていると周辺視野にあるものに気付かなくなってしまいます。カピオラニ ・ コミュニティ ・ カレッジの中を歩いていても、多くの気付きがありました。
最後はアクセプタンス。 「受け入れること」です。自分が出会ったものが今までの自分の世界観や価値観と違っていても、それ を受け入れる。出会ってもそれを受容できなければ、生かせません。 「Action(アクション)」、 「Awareness( アウェアネス)」、「Acceptance(アクセプタ ンス)」。この3つ 「A」が偶然の幸運に出会うために必要なことです。全部自分でやらなければならないわけではないんですよ。アッ プル社のスティーブ ・ジョブズは全部1人でやったわけではありません。彼は出会ったのです。まずは、生粋のエンジニアであるスティーブ ・ウォズニアックに出会って、一緒にアップルを作って、その後も様々な人に 出会う中で、彼の中でもいろいろなものが磨かれていったわけです。ITの会社を起こす中で、ITができなくてもいいのです。できる人がいればいいということなのです。
—気付くことは特に難しいですね。
宮本武蔵が五輪書に書いているのですが、居着いてはいけません。例えば、相手と戦っている時に相手の刀の鋒だけにばかり 目が行ってしまうと他から敵が攻めてきた場合、対応できませんよね。 居着くというのは、1つのことに注意を向 け過ぎてしまうことです。宮本武蔵が五輪書で言っているのは、全体を柔らかく見るということ。つまりリラックスしているということ。柔らかくリラックスして世界に向き合う。これがとても大切なことです。脳科学でも、そういうことがわかってきています。
私は日本のテレビ番組の中で 「アハ体験」というものを紹介して実践しているのですが、「アハ体験」は、変化があるのに気付かず、努力をして、その後にリラックスをすると瞬間にひらめくということです。大きな変化があっても気づかないということはよくあるんですよ。奥さんが髪の毛を切 ってきても旦那さんが気付かない、なんていうこともありますよね。気付いたという、ひらめきと同時に感じる心の動きもあり、 そのような感覚を体験することで脳の回路を強化することができます。
脳の中にACC(前帯状皮質)という部分があって、これは脳のアラー ムセンターの役割をしています。何か注目すべきことがあるとACCが活動します。その後に脳の司令塔であるDLPFC(背外側前頭前皮質)が指令を出すのです。ACCが最初に活動して、DLPFCが指令を出すことで、何かに注意を向けることができるという仕組みで、この回路の連携が大切なのです。何かをしていても重要なことが起きたら、 それを中断して重要な方へ行けるように、普段から訓練をしていないといけないですよね。 お母さんが何かをしていて、子どもが助けを求めた時に今までしていたことを止めて子どもに向き合うことが大事です。セレンディピティというのは、優先順位の付け方。人生で優先順位をどうつけるか ということと関係しています。
-最後に読者のみなさんにメッセージを お願いします。
ハワイのサイズ感がとてもいいと感じています。英語をべースにいろいろな文化が融合している地域はいっぱいありますが、ハワイは多様性に対する寛容さがすばらしい。文化があって文明すらあり、それは世界の中でもとてもユニークで、もっともっと活躍できると思います。 私自身ハワイに来るといろいろな空気を感じてインスパイアされています。またぜひ来たいと思います。
茂木健一郎(もぎけんいちろう)
1962年東京生まれ。東京大学理学部法学部卒業後、東京 大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。 理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て脳科学者に。専門は 脳科学、認知科学。ソニーコンピュータサイエンス研究所シ ニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授、東京芸 術大学非常勤講師としても活動。
「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワー ドとして脳と心の 関係を研究。2005年、『脳と仮想』で第4回小林秀雄賞を受 賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原 武夫学芸貫を受賞。2006年1月~2010年3月、NHK 『プ ロフェッショナル 仕事の流儀』キャスタ一を務める。
(日刊サン 2013.05.11)