ヤス・イシダさん
1本の映画が人生を変えた
なぜマジックの世界に興味を持たれ たのですか? きっかけは、 「パッチアダムス」という映 画を観たことでした。ロビンウィリアムズさん主演で、クラウン(ピエロ)が病院を 回ってマジックをして心のケアをしていくというホスピタルクラウンの実話の映画 で、それを観て 「これをやりたい!」と思ったのです。
その後、バッチアダムスさん本人が日 本に公演に来たことがあり、ニューヨ ー クのサーカスの会社でプロのホスピタル クラウンを雇っている会社があるということを教えていただきました。英語も話せませんでしたが、すぐにその会社に電話をしました。すると、オーディションがあるから、アクティングとジャグリングなどのマジックを磨きなさいと言われたんです。
それから、アメリカに英語とパフォーマンスの勉強をしに行こうと、外国語学部がある短大に交換留学で行くことを決めました。それが21歳のときでした。その学校を2年半で卒業して、アメリカの大学に編入し、シアターアーツの学位を取りました。 夏の間には、チャベツ・スタジオ・ オブ・マジックという学校に行きました。そこはダグヘニングやデイビッドカッパ—フィ― ルドがステージマジックを習った学校でした。
ステージマジックのテクニックの基礎から応用まで、バフォーマンスの考え方やパフォーマンス論理を学びました。大変だったことは、2年間のプログラムを3ヶ月に短縮して習ったので、マジックを覚える量が非常に多かったことです。ホームステイ先では、食べる時、トイレ以外の時間は、ほぼ練習していました。
ルームメイトがマレーシアから来ていたマジシャンだったので、食事の時間や買い出しの時間も常にマジックの話ができて、マジックに対するアイデアやインスピレーションが一番湧いた時期でもありました。それが楽しくて仕方なかったです。世界中からマジシャンが集まる学校だったので、有名なマジシャンの卒業生も多く、そういうつながりにも感謝しています。
ーホスピタルクラウンとしてどのような 活動をされているのですか?
日本とアメリカの病院でマジックショ一をしたり、子ども病院にクラウンとして慰問に行ったりしています。ハワイの病院の子供の入院病棟でショーをした時に、ナースにショーをする広場へ連れてこられた男の子が、最初はぶすっとしていたのですが、マジックを見て、目と口を大きく開けて、目を輝かせていたのはとても印象的でした。私にとっては、彼の表情そのものが、とてもマジカルでした。
ー方で、ハワイの別の子ども病院でマジックショ一をしたとき、小学4年生の女の子に前に来てもらい、ロープを持つ手 伝いをしてもらったことがありました。い ざロープを持ってもらうときに、右手で持 ってもらわないといけないのですが、左 手を出してきたので 「いや、右で持ってくれる?」と言ったんです。そのあとに彼女は事故で右手を失っていたことを知りました。
彼女はマジックを楽しんでくれたのですが、自分としては、気付くことができなかったのがショックでした。パフォーマンスやマジックは、見てもらう人がいてはじめて成り立つもので、だからこそその人たちのニーズや状況や気持ちに敏感でならなければならないなと、原点に帰らされました。
ハワイのコミュニティ ーに英語落語を届ける
ー弁当落語をされているそうですが、ど ういうものなのですか?
アメリカで勉強をした後、日本へ帰って落語寄せの色物としてl年間マジシャンの活動をしていました。でも、やはりアメリ 力へ戻りたいと思い、ハワイ大学の大学院に入りました。現在、シアター・フォー・ ャングオーディエンセズという学科で、ア ジア伝統芸能をアメリカの子どもたちにどのように英語で観せていくかということをテーマとして勉強しています。
そのひとつのプロジェクトが弁当落語です。英語落語をハワイのコミュニティー に届けるという劇団で、日本の伝統文化を通じ、日本文化のすばらしさを伝えるのがひとつの目的です。ハワイ中の劇場 やフェスティバル、コンベンションやバー のほか、学校や図書館などでショ一をしています。
この夏はビッグアイランド、モロカイ、ラナイを巡業しました。11月はマウイとビッグアイランドをツアーする予定です。 そもそも2年前に、大学院生として初めての学期に、日本のシアターの歴史のクラスを取っていたんです。
そのクラスの最後のプロジェクトが30枚の論文を書くか、30分の日本のシアターのショ一をするかというもので、論文が苦手な私は迷わずショ一をすることを選び(笑)、親友の大学院生を捕まえて英語落語をすることになりました。それが弁当落語のはじまりです。
立ち上げたメンバーが、サーカスパフォーマーからマジシャン、イタリア人からアメリカ人と日本人を両親にもつ人まで様々なバックグラウンドを持っている人たちだったので、まるでMixed Lunch(弁当)のようだということで、弁当落語と名付けられました。この2年間、ショーをしていますが、子供からお年寄りの方々まで楽しんでいただいています。
お年寄りの中には、昔日本に住んでいらしたかたが「懐かしい、懐かしい」と喜んでくださったり、「自分が大学に行ったら、落語をしたい!と行ってくれた高校生もいました。
ストーリーテリングは人生で一番マジカルなもの
−ストーリーテリングをされるきっかけは何だったのですか?
山本くにこさんという、アメリカで活躍 するプロのストーリーテラーと出会ったことにきっかけがあります。5年前にカンザスで開催された「カンザス・ジャパンフ ェスティバル」で、日本の文化や日本の劇場、ストーリーテリング、マジック、ミュー ジックを合わせた彼女のショ一を観たときに、ストーリーテリングは、なんとマジ カルなものなんだと感動したのです。それ以来、ストーリーテリングに魅せられています。
ージェフさんとの出会いについて聞かせ てください
3年前にフロリダで「ストーリーテリング・キャンプ」というイベントが行われ、その時に「ハワイから来ている素晴らしいストーリーテラーを紹介する」とジェフを紹介してくれました。彼女はストーリーテ リングを学びたいなら、彼から学ぶといいと言ってくれたのです。その時に挨拶をしたのがジェフとの出会いでした。
その後ハワイに来て、たまたま行った 「アジアン・ライオンダンス•フェステイパ ル(獅子舞)」でジェフがMCをしていたのです。 「ジェフだ!覚えてる?」と言ったら 「あ!あのfunny guyだね」と(笑)。この再会以降、ジェフからストーリーテリ ングを学ぶことになりました。
2週間に1回、チャイナタウンで行われているイベン卜で、毎回テーマがあってストーリーを 持ち寄ってストーリーテリングをするというものがあるのですが、このイベントで2年間勉強をさせていただきました。
ージェフさんのことをハワイの父だとおっしゃっていましたね
ジェフは、ストーリーテリングを世界中のいろいろなコミュニティーに伝えること、また次世代のストーリーテラ一を育てることに尽力されています。ジェフは次のストーリーテラーに何を残せるか、どう育てていくかに惜しみない力を注いでいるのです。もちろん私に対してもそうしてくれています。
先日は、ストーリーテラーの連盟で1 年に1人だけヤングストーリーテラーを選び、助成金が出され、それをトレーニングに充ててストーリーテラ一を育てていくという制度があるのですが、その情報を教えてくれ、一緒にレコメンデーションとビデオを作ってくれました。
日本と違うなと感じるのは、例えばパフォーマンスに必要な機材などを私が運ぼうとしても 「ダメだ」と運ばせてくれないのです。日本では先輩に荷物を持たせたら怒られるのですが、ジェフは「これは自分のだから!」と。 ジェフは私が知っているストーリーテラーの誰よりもネタが豊富で、今もどんどんネタを作っていて、それに音楽を入 れたり、人形を入れたり、その豊富さは随ーです。
パフォーマンスでも、人間としても尊敬しています。ジェフは私にとってハワイの父です。ジェフは「いつも食べ物もあげているよ」と冗談で言いますが、自宅に伺 ってご飯もごちそうになったり、ガールフレンドができたら紹介したり、本当に父のようで、彼との出会いは私にとってとても大きいものでした。
ーヤスさんの夢を教えてください
これからもっとアメリカで、日本文化をテーマにしたショ一をして、子どもたちや お年寄りの方々にその素晴らしさを伝えていきたいです。日本をもっと知ってほしいですし、好きになってほしいんです。日 本文化のショーを観てくれた子どもたちが、将来大きくなったときに 「日本はマジ カルな国なんだ!」と思って、日本へ来てくれるようになるのが夢です。
ジェフ・ギア (JEFF GERE)
南カリフォルニア生まれ。アメリカ本土やイタリアで勉強をしてパフォーマーとして活躍した 後、1982年にハワイヘ拠点を移す。ストーリーテラー、画家、操り人形師、パン トマイム師で あり、教壇に立つ講師にもなる。日々のシヨーやテレビ、ラジオヘの出演のほか、CDも発売。 ハワイを中心に、アメリカ本土やアジア、ヨーロッパなど世界で活蹴するマルチパフォーマー。
ヤス・イシダ
山口県宇部市生まれ。映画“パッチアダム”にインスパイアされ、ホスピタルクラウンになる ために本場のアメリカへ渡る。大学でシア ターアーツの学位を取得。さらに世界の著名パフ ォーマーが通うチャベツ•スタジオ・オブ・マジックを卒業。現在、ハワイ大学院でアジア演劇 を学ぶ。その一貫として「弁当落語」を立ち上げ、ハワイを巡業しながら 、日本文化をハワイ ヘ発信している。
http://aidearyoumore.wix.com/yasu
(日刊サン 2013.11.09)