地震や津波、火山が日常のすぐ近くにある島国の日本、そしてハワイ。今年1月には太平洋の島国トンガを大きな火山の噴火と津波が襲いました。
前回コラムで日本にラグビーの新リーグが誕生したと紹介しましたが、日刊サンの記者としてその現場を取材するべく、「リーグワン」事務局に申請。「日刊サン ハワイ」として許可がおり、初の取材前日にトンガの噴火が発生しました。
縁の深いトンガとラグビー
実は日本ラグビー界とトンガのつながりは深く、2019年のW杯でも日本代表31人中5人がトンガ出身の選手でした。元祖は1980年代後半、はるか南国トンガからの留学生が在籍した大東文化大。深緑のジャージでトンガ旋風を巻き起こしました。
以来、日本のラグビー界ではトンガからの大男たちが一流選手として活躍。東京スタジアムで取材した試合でも、元留学生の一人で現トヨタのラウタイミ選手が「家族との電話中に電話が切れてつながらないし、FB(フェイスブック)の更新もない。夜も心配で、眠れなかった」と母国にいる家族の安否がわからないままプレーしたと、試合後に日本語で淡々と話してくれました。同席したチームメイトで、日本代表の姫野選手も「トンガの友達はたくさんいる。日本が被災したときにもサポートして頂いた。何倍にもして返したい気持ちでいっぱい」と力強い声を上げました。
続々広がる支援の輪
誕生の産声からたった1週間だった「リーグワン」ですが、クラブやファンのその後の対応は素早いものでした。日野は1週間後の試合で、トンガの赤い国旗をあしらった支援のタオルマフラーを販売。さらに、東京ベイは選手たちの発案で次節1月22日の試合で、トンガ国旗の赤い色のソックスをはいてプレー。緑のピッチ上にはトンガ国旗が広げられ、「Pray for TONGA」のメッセージを送りました。
ラグビー仲間を助けたい
その後も日本ラグビー協会が公式SNSにトンガが試合前に行う闘いのチャント「シピ・タウ」の画像を載せてエールを送り、募金を開始。被災地・釜石が本拠地の釜石シーウェイブスも、チャリティグッズを販売するなど、傷ついた“ラグビー仲間”へ支援の輪が広がり、現在も継続中です。親日国というトンガからは2011年の東日本大震災時に、120万パアンガ(約900万円)と里芋の支援を受けた日本。トンガは人口11万人の小さな国ですから改めて胸が熱くなります。
荒れ地からの出発も
実はリーグワンは国立競技場を舞台に華々しくオープニングマッチを行うはずが、コロナの影響で開幕2日前に無念の中止に。以後も第3節までに計11試合が中止となるなど、荒れ地からの出発でした。
ただ武骨な男たちが、倒れては起き上がり80分間闘い続けるのがラグビーの真骨頂。各クラブは突発的な試合の中止に対応しながらも、仲間の母国の支援に奔走し、派手でない着実な思いやりの行動で日本のスポーツシーンに存在感を示しています。
ラグビーやその周辺の人々の愛あふれる小さなお話を、今後もこのコラムで、お伝えしていけたらと思います。
東京・大手町発 マスコミ系働き女子のひとりごと Vol.43
(日刊サン 2022.2.11)
竹下聖(たけしたひじり)
東京生まれ。大学卒業後、東京の某新聞社でスポーツ記者、広告営業として15年間勤務後、2012年〜2014年末まで約3年間ハワイに滞在。帰国後は2016年より、大手町のマスコミ系企業に勤務。趣味はヨガと銭湯巡り。夫と中学生の娘、トイプードルと都内在住。
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