七つの大罪―貪食
「久方の光のどけき春の日にしず心なく花の散るらむ」
百人一首にも収められている紀友則の有名な散る桜花を惜しむ和歌です。東京では例年より早めの桜が開花、道を歩けば肩先に花びらが落ちてくることがあります。今年も昨年同様、お花見も自粛が求められていますが、路傍の桜を愛でることができるのも健やかであってこそ。この先コロナ禍が沈静化していくことを願っておりますが、一筋縄ではいきそうにない様子も報道されています。
お籠もり生活が続くこの1年で太ってしまったと嘆く方のお声を聴きますが、ふっくらしていても魅力的な体型を維持している方もたくさんおられます。外形の問題でなければ、肥満の何が問題なのでしょう?
脂肪は1gで9㎉ものエネルギーを産み出す栄養素最大のエネルギー源でありエネルギー貯蔵庫です。脂肪細胞から放出されるレプチンは食欲を抑えたり、脂肪燃焼を促したりする一方、脂肪細胞の貯蔵量が減れば、放出量を減らしエネルギーを筋肉などで利用しないように作用する有用なホルモンです。日本では肥満と診断されている方が成人男性で約3割、女性の約2割、30年前と比較すると男性の場合、1.5倍になっていると報告されています。本来、飢えと戦っていた人類は肥満とは無縁でしたが、現代の先進国では高カロリーの食材が簡単に手に入るために肥満人口の増加が止まりません。
肥満は糖尿病、脂質異常症、高血圧、脳や心血管疾患などの生活習慣病のスタート地点になりがちです。ただ、私たちは高カロリー食を好むように設計された生物です。つまり、意思の力で低カロリー食を選んで生活することは身体の内部に相当のストレスがかかることも否定できません。特に極端な食事制限にはリスクが伴います。栄養失調や筋肉量の低下、女性の場合には生理不順なども視野に入れる必要があります。
ではどの程度が健康にとって最適なのでしょう。人はそれぞれ生活習慣が異なります。但し、肥満を抑制できる共通項が一つだけあります。古代ギリシャの医聖ヒポクラテスは食事の量を少なくすることを説いています。
1978年と古い研究ですが、女子栄養大学副学長の香川靖雄先生が当時沖縄の児童の摂取カロリー量が児童の平均カロリー摂取量の3/2.成人でも約20%低いことを報告しています。沖縄県では心臓疾患、悪性腫瘍、脳血管系疾患が少なく、健康寿命も優良でしたが、現在では日本で最下位前後に転落してしまい沖縄クライシスと呼ばれています。その原因として琉球大学教授益崎裕章氏は、米国型食事と車での移動による運動不足を挙げておられます。先生によれば動物性脂肪の過剰摂取は食欲のコントロールを攪乱し、必要なカロリー以上に食べてしまう過食行動に繋がりがちとのことです。
私はキリスト教徒ではありませんが、聖書にある七つの大罪の一つに「貪食」があることを肝に銘じたいと思います。
神楽坂発 お身体へのお便り No.91
安田祥子 Akiko Yasuda
株式会社jast代表取締役会長
統括メディカルアドバイザー、フリーライセンスドクター、「農林水産省 産学共同プロジェクト」メンバー
最愛の娘の突然の死をきっかけに、健康は当たり前のものではなく、自らの手で守り育むものと痛感し、分子生物学や医学などを学ぶ。2013年(株) jastを設立し家庭と医療機関を結ぶ架け橋としてのアドバイザー育成に取り組む。これまで200件以上のクライアント様の健康・医療・日常生活のご相談に応えるとともに、教育部門JAMAで主席講師を務め分子生物学の観点から細胞に働きかける栄養素や最新の遺伝子研究など多岐に渡る講義を行う。数多くの機関誌への執、講演会、セミナーなども行っている。
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