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デジタル版・新聞

コラム 来夏の映画観ようよ

ノマドランド

 新卒で上京し、晴れて正社員で入社。さあ、どんな未来が待ち受けているのだろうと期待に胸を膨らませた3ヶ月後には退職していた。終電ギリギリの残業、編集部から営業部への強制転属、コミュニケーションという名目の連日の飲み会…人生のレールから踏み外れてしまうと思い怖かったが、鬱病で限界だった。

 2011年、リーマンショックによる不況の煽りを受け職を失った女性ファーン。長年連れ添った夫と死別して独り身の彼女はネバダ州にある自宅を手放し、いわゆる車上生活者として必要最低限のものをバンに詰め込み、州をまたいで仕事を探す旅に出る。そして、各地で同じような境遇の多くの“ノマド”達と触れ合い、助け合いながらノマドとして生き抜く知識や情報を得て転々とする生活を送っていく。

 観ていて不思議と心地がいい―それが正直な感想だった。寒々しい雪景色や荒涼とした砂漠、哀愁漂う挿入曲に加え、主人公ファーンは笑っている時でさえどこか侘しそう。さらに何の保証もない日雇いで過酷な労働をしているにも関わらず、だ。
 彼女ほど厳しい状況下ではなかったものの、自分も様々な職を渡り歩き住所不定無職で旅に出て、同じような仲間と出会った経験がある。ひとつの企業、組織に属せず自由に働くことの代償は十分に承知しているつもりなので、共感する部分が大いにあったというべきだろうか。また、むき出しの大自然はむしろ美しさすら感じられた。ノマドとして暮らすことへの過度な憧れや、反面教師にしようという思いは湧かず、ただファーンの周りに流されない強い信念が尊く、たくましく、一人の素敵な女性の人生を切り取って垣間見れた気分になれた。

 好き好んでノマドになる人、図らずもそうなった人、それぞれに抱える事情がある。皆が個々の価値観を否定せず尊重し合えるようになるのが一番だ。コロナ禍の不況、リモートワークの広がりにより仕事に対する意識が変化する中で、ノマド的な生き方をする人が増えていくのではないかと思った。

●加西 来夏 (かさい らいか)

映画は年間100本以上視聴、訪問国は39ヵ国~の旅する映画ラヴァー/昔はもっと着飾って贅沢をしたい!と貪欲でしたが、今は普通に食べて、趣味が楽しめるくらいの最低限の収入があればいいと思っています。

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