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デジタル版・新聞

高尾義彦のニュースコラム

日本の裁判、IT化はどこまで

参院選広島選挙区を舞台にした大規模買収事件で、東京地裁は1月21日、公職選挙法違反に問われた河井案里参院議員(47)に、懲役1年4月、執行猶予5年の判決を言い渡した(2月3日に議員辞職)。夫である元法相、河井克行衆院議員(57)の公選法違反事件は別の法廷で審理が進められているが、案里議員は2019年7月の参院選当選を目指して、広島県議4人に現金計160万円を配ったと認定された。この裁判では広島県議の証人尋問がビデオリンク方式で行われ、裁判手続きのIT化にも関心が集まった。

ビデオリンク方式の証人尋問は2020年10月13日、東京地裁と広島地裁を音声と映像でつないで行われた。高山博州広島県議がモニターを通じて東京地裁の法廷にいる検察官らの質問に答え、克行被告から30万円を受け取り、その後、案里被告に返そうとしたが断られたと証言した。克行議員の公判では、12月25日、川上征矢元県議の証人尋問が同じ方式で行われ、60万受領を認めた。克行議員の事件では現金を受け取った県議らが約100人にのぼり、その後の公判でも年齢や健康状態を考慮し、40人前後の証人尋問がこの方式で行われる見通しだ。

この方式は、本来、性犯罪の被害者らが証人に呼ばれることで「セカンドレイプ」とも呼ばれる苦痛を受ける恐れがあることを考慮し、刑事訴訟法157条に規定され、2001年に導入された。最高裁は05年にこの方式を合憲と判断。克行議員の公判にみられるように、新型ウイルスの感染拡大が、この方式の採用を増やす大きな要素になっている。

ただ、買収事件などの裁判の場合、「本来は証人の話し方や表情を直接見ながら信用性を判断すべきだ」と、映像の限界を指摘する法学者の意見もある。直接、法廷で証人を尋問する場合でも、マスク着用を問題視した弁護士のケースもあり、微妙な問題は残る。

刑事事件の裁判が今後、どこまでIT化に向かって進むのか、まだ見通しは難しいが、民事裁判では最高裁、法務省が段階的にIT化を進める方針を打ち出している。

たまたま昨年暮れに送られてきた岩波ブックレット『裁判官だから書ける イマドキの裁判』(岩波書店、720円+税)に、「裁判手続きのIT化は簡単に行くのですか?」などの項目があり、参考にさせてもらった。執筆したのは現役裁判官有志らで構成する「裁判官ネットワーク」のメンバーで、「ネットワーク」は、開かれた司法の推進と司法機能の充実強化に寄与することを目的に1999年に設立された。立ち上げ当時から活動する大阪高裁判事、浅見宣義さん(61)たちとのシンポジウムなどを通じた交流は、裁判の現場を知るうえで貴重な示唆を与えてくれた。

民事訴訟手続きのIT化に関して、裁判所は「3つのe」を掲げている。2020年2月に、東京、大阪などの8地裁と6か所の知的財産高等裁判所で、「ウェブ会議」などを利用した第一段階(フェーズⅠ)の「e法廷」の運用が始まった。やはりウイルス対策の影響も加わって6月から「ウェブ会議」の利用数が急増、7月には労働審判でも利用が始まり、12月には8地裁以外の37裁判所にもウェブ会議などを利用した争点整理の運用を拡大し、全ての地方裁判所の民事部に広がった。フェーズⅠの段階では、代理人弁護士が裁判所に出頭せずに手続きを進めることが出来るようになっている。

フェーズⅡでは、証人尋問などの口頭弁論期日も、当事者が裁判所に出頭せずに手続きを進める。2022年中にはそのための法改正が行われる見通しになっている。フェーズⅢでは、「e提出」「e事件管理」の実現が目標とされ、「e提出」によって訴状などの書面や書証のオンライン提出が可能になる。夜間・休日の提出や申立手数料のクレジット決済が現実化する。「e事件管理」が実現すると、主張書面や書証は電子データ化され、「紙」の事件記録から電子記録となり、裁判の迅速化・効率化に貢献すると期待されている。

こうした計画に対して、「ネットワーク」は、刑事裁判でもみられたように、「直接主義」の要請から、証人尋問における心証形成、信用性をどのように担保するのか、と新たな課題も指摘する。全国には裁判官(3000人余)の仕事を支えている書記官が約9800人(2019年度)配置されているが、IT化が実現すると、書記官の仕事も大きく変わり、新たな仕組みづくりを考えなければならない。刑事手続きでは、逮捕令状などの令状請求・発布の電子化を警察庁、法務省で検討を始め、最高裁や日弁連も検討に参加している。

裁判のIT化を考えるうえで、想い起すのは、厚生労働省元局長が被告となった障碍者郵便制度悪用事件で、特捜検事によるフロッピーディスクの改竄・証拠偽造が明るみに出た事例である(2010年無罪判決)。司法に対する国民の信頼を根底から揺るがす事件だった。信頼できる司法を実現するのは、やはり人間であり、IT化を進めるうえでも、この事件を肝に銘じて欲しい。

高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の追いつめる』『中坊公平の修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ、Ⅲ』を自費出版。


(日刊サン 2021.02.11)

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